日誌

校長あいさつ
2017/04/27

生徒会誌「あゆみ」63号巻頭言

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磐城桜が丘高等学校生徒会誌「あゆみ」63号巻頭言

磐城桜が丘高等学校生徒会誌「あゆみ」63号巻頭言.pdf
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2017/04/26

平成29年度校長あいさつ

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「念願は人格を決定す 継続は力なり」         
                                校長 根 本 良 政
 今年度は本校創立113周年目となります。生徒は伝統校で学ぶ誇りと責任を持って学びを実践し、新たに伝統を築いています。
生徒諸君が「在りたい自分」、「成りたい自分」への強い願いを持ち、その願いを行動に移して、継続することで習慣にできるように、
そして、その習慣により生き方、人格、運命が定まることとなるよう指導します。
 また、地域の方々や同窓生・保護者の皆様と連携し、地域の期待と信頼に応え、地域や福島県、そして、日本の社会を支える
リーダーとなる生徒を育てます。
〇 授業を主体として、高校生活での活動の全てを自己形成のための学びとして積極的に受け入れ、進路希望の実現に真摯に
 取り組む生徒。
〇 自他の異なりを正しく理解でき、互いの共通の思いを探り、その思いを育み帰属意識を高め、豊かな感性としなやかで強い心
 を持つ生徒。


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2014/07/02

次の百年(磐城桜が丘高等学校創立百十周年記念式典式辞)

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  次の百年(磐城桜が丘高等学校創立百十周年記念式典式辞)

 多数のご来賓の方々の立ち会いを頂き、本日ここに、本校福島県立磐城桜が丘高等学校創立百十周年記念式典を挙行できますことは、本校に関係するすべてにとって、この上ない喜びでございます。冒頭、まず、本日おいでいただきましたご来賓の皆様に心からの敬意と感謝を申し上げます。
 豊かな国づくりの根幹は、人づくりであります。教育こそ深い知恵と心情を備えた人づくりに不可欠であるとの信念をもつ先覚によって、かつてこの地に一粒の種が蒔かれました。種は芽吹き、地域の方々の熱意と愛情により一世紀を超す時間をかけて大切に育くまれました。本校はこのいわきの地に百十年の根を張り、太い幹を備え、広々と枝葉を伸ばすことができました。これまでの皆様のご支援、ご厚情に深く感謝申し上げます。本校は本校の役目を果たし続けてまいります。この後(のち)も、私たちは精励努力いたします。
 記念すべき平成二十六年には喜ばしいことがもう一つあります。同窓会館として親しまれている「桜丘会館」が国の有形文化財として登録されたことであります。創立二十五周年を記念して昭和十三年に建てられ、昭和二十七年に増築されました。修繕が必要ではありましたが、かの大震災にも耐え現在に至っております。かつて校舎の一部として親しんだ同窓生にとっては訪れる度に実家に帰る思いがするとも聞いております。
 本校は明治三十七年、本校の母体である私立磐城女学校が現在のいわき市平旧城跡(きゆうじようせき)に開校し、第一回入学生は本科二十六名、技芸専修科二十二名でした。初代校長に川島至善(しぜん)氏が就任し、続いて梅村次修(じしゆう)氏、片岡雋弼(しゆんすけ)氏と受け継がれました。明治四十五年、女学校としての実績に地域の気運が高まり、県立に移管され福島県立磐城高等女学校となり、現在の桜町へ移転しました。長岡(ながおか)恒(こう)春(しゆん)氏が県立学校として初代校長を務め、現在、私(わたくし)で三十二人目と続いております。昭和二十三年、学制改革により福島県立磐城女子高等学校となり、平成十三年から県立高校男女共学化実施により現在の校名である磐城桜が丘高等学校と生まれ変わりました。本校はこれまでに名称を四(よ)度(たび)変えました。しかし、名を変えても、実は変わることなく脈々と受け継がれております。時代が代わり、名称が代わろうと、変わらず人を育て上げ、有能な人材を社会へと送り出してまいりました。このことが受け継がれてきた本校の務めであり、使命であります。大正・昭和初期においては磐城高女で教育を受けた者がその家にいる。そのことが家族の大きな誉であり励みであったと聞きます。教育を受け、学識を身に付けることが、人が人として生きる励みであったわけなのです。本校の元教諭山口彌一郎氏という方がいらしゃいました。その方が「創立四十年史」に文章を寄稿されています。その一部にはこうあります。
 生徒には自身に生命があり、伸びてゆく芽と、成長の課題を持っている。教師のせまい学識や功績で律してはいけないと思う。教師も同じく伸び、たえず学ばなくてはならないのである。その好伴侶でありたい。精進の度や方法が教師の仕事であると思う。それには若いということが一つの教師の資格のような気がする。飢餓気(感)の失せない、たえず若い教師でありたい。思い出にはとかく感傷がともない易い。過去をなめづるようになると老いてゆく。歴史や伝統は尊い。たえず検討すべきものではある。しかし、伸びてゆく若い者は何者も将来をみていなければならない。教師の仕事は特にそうかと思う。そのための過去の反省、懐古でなければ、老いてゆく人の道楽になり易い。磐女も創立から古くなったが、決して老いてはならず、感傷にひたってはならず、苦労に負けないで、新しい学校の道をたえず精進しなくてはならないのである。その大半は実に教師の仕事に課されているのである。
 山口氏は大正末期から先の大戦の始まる頃、磐城高女時代に教鞭をとられた方で、すでに鬼籍に入られて久しい方であります。半世紀以上経た今も、生き生きと私たちに語りかけ、私たちは心を揺さぶられるのです。もしやこの方の教え子となる方はこの会場においででしょうか。この方を恩師に持つ方々は幸いだと思います。前文中の「教師」という言葉を「生徒」、「学生」さらには「人」と読み替えてみても現代に通じる普遍性を感じるのであります。
 さて、平成十六年三月は磐城桜が丘高等学校の第一期生が卒業して行きました。本校から初めて男子卒業生を送り出した年であり、創立百周年記念式典が挙行されましたのは、この年の秋のことでした。本年はそれから十年を重ね、百十周年目であります。これまでの卒業者数は三万五千名が目前となり、卒業生は各界において活躍され、また地域の力となっております。これからも地域に愛され、地域に貢献できる学校であり続けることを私どもは目指します。
 歩み始めてから百年が過ぎ、その百年の節目から十年。次の百年が始まったばかりであります。学びを志す人がいる限り、磐城桜が丘高等学校は次の百年を生き、使命を果たして参ります。人ひとりの寿命が百年に及ぶことは稀なことですが、本校を通して様々な人たちが先輩から後輩へと思いをつないで参りました。
 時代とともに変わっていくものと時代を経ても変わらず続くものがあります。
 思いやりの心をもって力を合わせ、自己および公共のために、心と身とを労することを厭わず、困難にくじけぬ強い意志と体力を養い、自ら掲げる理想と信念を守り、生涯学び続ける情熱を培う。これは本校の校訓、調和、勤労、気節の理念であります。
 私(わたくし)は希望します。百年変わらぬ思いを二度目の百年に引き継ぐことを。
 どうぞ皆様の変わらぬご支援を頂けますようお願い申し上げ申し上げます。
 会場にお集まりの皆様、それぞれの進む先が、どうぞあの満開の桜の花のような光に包まれますよう祈念申し上げ、式辞といたします。
  本日はありがとうございました。

 平成二十六年七月二日
                  福島県立磐城桜が丘高等学校長 渡邉 望

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